カテゴリ:ピッケル( 5 )

ローツェ(Lhotse)

エバニューのローツェ(Lhotse) を先日入手した。
これは1970年製で、日本が世界に認められていく華やかりしき時代に製造されたものである。
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ローツェ(Lhotse)はグレッチャー(Gletscer)  (新田次郎著「栄光の岩壁」のモデルである芳野満彦がエバニューの顧問をしていた頃に設計したモデルでエバニューを代表するピッケルである。)の流れをくむモデルで、我が国登山界の歴史に名を残した。
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カラビナホルダーが近代的である。

参考及び引用・・・・・小さな山道具館 
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by ZRX1200SR | 2008-11-16 20:48 | ピッケル

ピッケル再生工房

今日は晩秋の陽だまりの中で、数日前に落札した3本目のピッケルの錆び落としなどを行った。
鍛造性のピッケルを製造している職人は、もはや世界で2人しかいない。

だから、現存している古いピッケルは美術品としても、また、世界遺産としても後世に残さなければならないと考えるようになった・・・・・・(かなり誇張)

本当のところは、きれいになったピッケルを見るのが楽しく、そのためには多少の肉体疲労はいとはないといったところ。
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by ZRX1200SR | 2008-11-15 19:08 | ピッケル

TOP(トップ)

トップ・スノーマンをオークションで落札した。
1960年代に作られたピッケルだろうと思われる。
全長85cm・ヘッド長30Cm・重量930g
銘のN.C. STEELはニッケル・クロム鋼のことを表している。
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シャフトの色の濃い方が門田(奥)
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by ZRX1200SR | 2008-10-14 11:50 | ピッケル

門田とシモン

門田のシャフトにアマニ油の重ね塗りと磨きこみを数回行ったところ、何とも言えない素敵な色合いになってくれた。
このシャフトは北海道のアオダモの木からできているが、この木はプロ野球で使われているバットの素材ということは有名。
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20代のころに使っていたピッケルはメタル製で、シモンのクーガネージュだった。
吾妻、安達太良そして飯豊山で活躍してくれた。
こいつを買った頃は、ピッケルのシャフトが木製からメタル製に変わりつつある端境期だったので、まだまだウッドシャフトのピッケルは新品で買えた時代である。
「木目がまっすぐに通った」ピッケルを選ぶのがセオリーだった。
しかし、新し物好きの自分たちのような者は、メタルを選んだのである。
そして、四半世紀が過ぎ懐古趣味かどうかは分からないが、今、ウッドシャフトのピッケルに魅かれる。
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by ZRX1200SR | 2008-10-11 18:05 | ピッケル

門田(KADOTA)

先日のオークションで前々からほしかった門田(KADOTA)のピッケルを落札した。

1960年代に作られた門田である。
ヘッド長30㎝、全長85㎝、重量940g。
2代目の門田 茂(1910-1998)か、または3代目門田 正(1932-1992) の作と思われる。
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炭素鋼を用いた物にはSAPPORO BERGHEIL K.I.W.銘を付けていた。
ちなみにBERGHEILはドイツ語でBERGは山、HEILは万歳の意味。
また、K.I.W.は英語でKadota Iron Works(門田鉄工所)の略。
なお、特殊鋼製にはSAPPORO KADOTAの刻印を使っていた。
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門田は北海道樺戸郡浦臼町で、1902年(明治35年)初代門田 直馬(1877-1954)が農機具作りから始まった。

北大工学部の学生だった和久田弘一(当時21才)から依頼を受け、1930年(昭和5年)2月からピッケルを製造を開始し、1986年(昭和61年)冬、正が倒れるまでの60年近くピッケルとアイゼンを作り続けた。(参考及び引用:小さな山道具館
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by ZRX1200SR | 2008-10-08 19:30 | ピッケル